2020年 7月 の投稿一覧

言葉で生み出す、芸術~名言

芸術の定義はいろいろある、その中で私の定義は「人の心を揺らすもの」だ。

 

そういう意味合いで見れば、名言と言われるものも、芸術になりえると私は考えている。

 

今まで決して多くはないが心が震えるような言葉に何度か出会ってきた。

 

私はそんな言葉を拾い集め、名言集を作っている。

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シンプルの効果

シンプル、意味合い的には飾り気がなく無駄がないこと。

他には洗礼された、おしゃれな雰囲気などを指す。

どちらかというと、ポジティブな意味合いで使われることが多い。

アップルや無印良品など時代の最先端を行く企業もそれをコンセプトにしているし、高級なお店などもシンプルなところが、最近は増えている。

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漆器の問われる価値

生活漆器、つまり漆の食器類の産業は、バブル崩壊後右肩下がりを続けている。

それに伴い従事する人の数も減っている、このままいけばおそらく産業として続けていくことは難しくなるだろう。

つまり今漆器は新しい価値を、今の人々に提供する必要がある。

工芸を学ぶ身として直面する問題点を述べつつ、今の時代に工芸が提供できる価値を自分なりに考えてみたので、ぜひ目を通していただけるとありがたいです。

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芸術は時代を写す鏡・そして現代の芸術

 

 

芸術は時代を写す鏡

時代時代で芸術には流行がある、それは必ずと言っていいほど、時代の影響を受けている、平和な時代の芸術はそれを写しているし、戦争の時代の芸術はどんなものも戦争とは切り離せない。

王様や皇帝が旺盛していた時は、王様や皇帝の個人的な好みが重要視されたし、キリスト教やイスラム教が勢力を持っていたころは宗教画が多い。

ラファエロ
 

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初めて美術館にいった時の思い出

 

私が初めて美術館に行ったのは19歳のころです。

それまで美術館というものには興味はありませんでした。

じゃあなぜ行ったのかというと、当時私は一般の大学を中退して、美術大学に入りなおそうと美術大学の予備校に通っていました。

そこの生徒はみんな美術が好きで、美術館などに行っていて、私も一緒に行くことになったのです。

それまで美術館なんて興味はなかったし、絵を見て楽しそうなどとは全く思いませんでした、それでも物づくりを志すからには見るべきだろうな思い、行きました。

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芸術家紹介 光を操りし色彩の魔術師、画家ピエール・ボナール

ボナール・セリュジエ画家(フランス1867~1947没)

 

 

 

出会い

ボナールとの出会いは、2年前私が東京に行く予定があり、東京の展示を調べたら、国立新美術館でピエール・ボナール展が開催されていた。

その時は残念ながら、美術館が休館日で作品を見ることはかなわなかった。

けれどボナールの独特な絵が印象的だったので、後日画集を購入した。

画集には、ボナールは後期印象派、ナビ派(画塾などの学生を中心に結成された、芸術家のグループ。ナビは預言者の意味)と呼ばれており、ゴッホなどと同様に日本の美術特に浮世絵から大きな影響を受けたと描かれていた。

確かに初期の絵はそういった感じを受けたが、後になるほどボナールは自分の作風を確立させており、西洋美術を確実に継投しているように感じる、けれどその中には確かに日本の美術の考え方があり、それが高いレベルで融合されている。

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いつか行ってみたい美術館1 一宮市三岸節子記念美術館  

私は洋画家の三岸節子(1905年~1999年没)が大好きです。

20歳ぐらいの時に、、神戸の香雪美術館で三岸節子の回顧展があり、初めてその画家を知りました。

あの時の衝撃は今でも忘れていません、絵を見た瞬間に引き込まれ、「すごい」と気づけば口にしていました。

絵に対する思いの込め方が、強烈などでは言い表せない、それは正に執念であって、その執念が見る人の足を止めさせていました。

写真のようにうまい絵ではなく、時には下手だと思える絵もあります。写真などで見ると、あまり魅力が伝わらないタイプの作家だと思います。

けれど実際目の前にしてみると、うまい下手とか関係なく、作家が描きたい、表現したいと思ったことが、よく伝わります。

その絵の前だけ別の世界になっているのです。そう思ってしまうほど、私は三岸節子の絵に引き込まれました。

戦争の時代を乗り越えて生きた人であり、女性がまだ社会的に立場が確立されていない時代を生きた人です。

作品は力強く、生命力に溢れています。見る人の人生を応援してくれるそんな気がします。

EPSON MFP image

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flying たい焼き

 

昔あるところに、たい焼きがいました。

そのたい焼きには夢がありました。

「僕はいつか空を飛びたい」

そういうと周りの人達は、笑いました。そんなことできるわけがないと、たい焼きが飛べるわけがないと。

笑われ、時にはひどいことも言われました、それでも、「僕はいつか必ず飛ぶんだ」たい焼きは何度も言いました。

たい焼きは空を飛ぶにはどうすればいいのか、一生懸命考えました、本気で考えに考えた末ある方法に気づきました「そうだ、宇宙飛行士になろう」宇宙では飛ぶことができる、宇宙飛行士になれば宇宙に行けると。

それからたい焼きは宇宙飛行士になるために精一杯努力した、朝は体を鍛え、毎日夜遅くまで勉強した。

けれど学んでいくうちに、たい焼きはどうしようもない事実に突き当たってしまった。

宇宙服にはたい焼きが着れるようなものがなかったのだ。

たい焼きは絶望した、自分の夢は絶たれてしまったのだと、まるで底なし沼にはまってしまったように息苦しく体が重かった。

周りの人たちはやっぱり飛べないじゃないかと、笑ったり、哀れんだりした。

たい焼きは悔しい気持ちなど通り越して、自分はみじめだと思った。

けれど、どん底まで追い込まれたたい焼きはそれでもあきらめなかった。

崖から飛んだり、怪しい機械を試したり、超能力を学んでみたり、そんなふうにあきらめず挑み続けるたい焼きをいつしか応援してくれる人たちがいた。 続きを読む