カラヴァッジョ・闇にのまれた天才画家【芸術家紹介】

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西洋美術史に衝撃を与え、それ以降の画家で彼の影響を受けずにいた画家は、いないと言われるほどの天才がいる。

それがミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョだ。(1571~1610)

彼は天才だ。

ただ天分の才と同時に凶器を身に宿していた。

 

 

カラヴァッジョは13歳で絵画の工房に入る。

24歳でローマに上京する。ローマの有名な絵画工房で学ぶ。

すぐにカラヴァッジョの作品は認められ、パトロンも付き一躍超売れっ子画家になる。

「果物籠を持つ少年」

ローマで最も有名な画家に


 

当時はカラヴァッジョの絵を持つことがステータスになると言われるほどの人気ぶりで、教会からも製作依頼が次々と舞い込んでいた。

彼の絵は先進的で様々な好奇心や探求心にあふれていた、まるで絵の中の人物や果物は実物を見ているかのような、リアリティーがあり、光と影を自由自在に操ることで、劇的な場面効果を可能にしていた。

息をのむような劇的な一瞬を切りとられた絵は人々に感動を与えた。

しかし、彼の絵が煌々と輝く光だとすれば、その光が強いほど、闇の中に一層暗い影を落とす。

 

カラヴァッジョは暴行やいさかい、迷惑行為などで、逮捕を何度もされていた、そして極めつけは敵対していた人間を決闘の末、殺害してしまったのだ。

そのニュースはローマ中を駆け回り、カラヴァッジョには死刑宣告が下されたのだった。

「ホロフェルネスの首を斬るユディト」

 

苦難


 

カラヴァッジョはすぐにローマから逃亡した。

まごうことなき神に愛された天才でありながら、彼の人生は苦難に満ちていた。

それから逃亡先のマルタ島で騎士団長に絵が認められ「恩寵の騎士」に叙せられるも、すぐに問題を起こし逮捕される。

騎士号もはく奪される。

辛くも要塞から脱獄し、各地で点々としながら制作を続ける、それを有力者に送り何とか恩赦をもらえるように奮闘する。

そしてローマの有力者たちの尽力で恩赦が出されそうと聞き、カラヴァッジョはローマに向かった。

けれど彼が再びローマの地に立つことはなかった、航海の途中熱病にかかり、死去した。

享年38歳。

 

人を惹きつける魅力


 

彼の人生は正に嵐のようでいつも様々な問題を起こしていた、それでも彼の絵は、彼の人格を非難する人々でさえ、認められずにはいられない、真の芸術だったのだ。

だが見方を変えれば、彼が持つ負の一面があったからこそ、彼の絵をその闇を帯び煌々と光輝いていたのではないだろうか。

その正反対の特性を奇跡的に一つにまとめることができたのは、彼の天分のすさまじさを証明している。

 

詳しく


カラヴァッジョは絵のすばらしさ、さらに激動の人生から、昔から人の目を引き付ける画家で、多くの伝記や評論が書かれている、もし興味がある人は、ぜひ読んでみてはどうだろうか。

微力ながら一冊だけ紹介させていただく。

カラヴァッジョへの旅 天才画家の光と闇(著)宮下 規久朗

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