国宝を指定する意味・日本の文化を守り、伝えるために

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日本には現在、建造物227件美術工芸品893件合わせて1120件の国宝がある。

国宝の指定対象は形あるものだ、形のない技術などには重要無形文化財として、特定の団体や人物が認定される。

国宝の例を挙げるなら、建築物なら奈良の法隆寺や兵庫の姫路城など、絵画では尾形光琳の「燕子花図」尾形光琳は工芸でも国宝を残している「八つ橋蒔絵螺鈿硯箱」他にも仏像や古文書が指定されている。

 

日本の宝


 

国宝とは重要文化財から選ばれる。

国の宝であり、日本において文化史的、学術的価値が極めて高い物。

重要文化財とは国宝とまではいかないが、文化的に価値が高い物。

国宝に選ばれているものは本当に価値があり後世に日本人の誇りと文化を伝えるために重要な意味がある。

私たちの先祖がこれほどまで知的で美的感性にすぐれていたという事実は、私たちのアイデンティティーとしてまっすぐ前を向き日本はすごいという自信を与えてくれる。

国宝を認定する必要性


 

私たちの祖先は東の端の島国という一種の隔離された世界で独自の文化を形成してきた。

そこに江戸時代、現れたのが黒船だ黒船の来航後なし崩しに様々な国と貿易を余儀なくされた、日本は貿易に対してはほとんど知識がない素人同然で、対するヨーロッパ諸国は貿易を熟知している手練れだ、しかも条約は日本に不利なものだった。

 

有名な例で言えば海外と日本では金と銀を交換する、為替が違った。

海外の貿易商達が日本で銀を金に換えるとヨーロッパで交換するよりも少ない銀で金に換えることができた。

ヨーロッパの貿易商の人たちはそうやって金を自分の国に持って帰った。

 

 

日本の金は流出していった、だが流出したものは金だけではなかったのだ。

 

そう文化財もまた貿易商達によって安価でどんどんと持ち出されっていった。

どんなに貴重なものでも背に腹には代えられない、お金に困窮していれば文化財を売るのもやむなしだろう。

そのころの日本にはそれを妨げる法律がなかった。

だがヨーロッパの人たちを魅了したことからも日本の文化がいかに洗礼され誇るべきものなのかわかる、ヨーロッパにない表現や価値観はヨーロッパに衝撃を与えた。

 

その後日本の美術はゴッホをはじめ多くの芸術家たちに影響を与え、ジャポニズムと言われた。

過去の記事で書いたボナールもその一人https://hiroharo.com/artest-bonnard/

黒船来航後、日本は窮地に追い込まれ、生き残るために西洋化をはかった、その結果美術までも西洋をよしとして過去の日本の文化を軽視するに至った。

けれど私たちの文化は決して恥じるものなどではなく、むしろ誇るべきものだ、シルクロードの終着点として様々な文化を受け入れる国民性が生んだ、私たちの文化それは西洋の文化とはまた違う魅力を持っていたのだ。

 

文化財を守り伝える


 

そのことに日本の政府もすぐに気づき、明治時代には今の文化財保護法のもとになるものも現れた。

国宝及び重要文化財は、日本の大切な文化を守り、後世につなげていくために作られた。

国宝と重要文化財は海外への輸出は禁止されている。

他にも修理、修復の費用が国から援助されたりもする。

だが日本は文化財に対する国の予算がヨーロッパ諸国と比べるとかなり少ない。

まあそんなものは比べるべきものなのかは疑問である。

 

「わーん友達はみんなお小遣い1000円もらってるのに何で僕は500円なのわーん」

 

よそはよそ、うちはうち、もちろん予算を多くしていくことも重要だが、まずはちゃんとした基盤を作ることが大事ではないだろうか、しっかりと日本の人たちに、文化を守り伝えていく重要性を理解してもらえれば、自ずと結果は変わっていく。

予算だけ上げてもそれが何のためなのか誰のためなのか不明瞭であれば、きっと意味はない。

まずは理解してもらうために、伝えていくことが大事だ。

 

毎年奈良で行われる正倉院展は連日超満員みんな日本の文化に興味があるのだ、それをどうやって深く知ってもらうかそれが今の課題ではないだろうか。

私たちはとても素晴らしい文化を持っている、それを私は伝えたいし作りたい、そこで大切なのが、面白くて興味がわくということだ、私は子供の頃は日本の文化なんてものに興味なんてみじんもなかった。

でもエジプトとかアトランティスとかには興味があった、そこにはわくわくどきどきがあった。

 

 

今は日本の文化にわくわくする、そのわくわくを多くの人に伝えれたらなと思う。

 

 

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