大学を中退して、美術大学の予備校に入った話【体験談】

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私は過去に1年ちょっと大学に通っていました。

そのあと大学を中退しました。中退した後、美大に行きたいなと思って美術大学の予備校に通い始めたのです。

 

今回はそんな話をしていこうと思います。

 

私は兵庫県で生まれ育ちました、小中高と兵庫県で学び、大学も兵庫県の私立大学に進学しました。

子供の頃から勉強は得意ではなかった。まあ勉強ができなかっただけで頭は良かった。

逆に言えば頭がよかったから勉強ができなかったのかもしれない。

と負け犬の遠吠えを一つ吠えていく、勉強ができなかった私は、まああんまり賢い大学には行けず、指定校推薦で勉強もろくにできないのに、勉強せずに大学に合格した。

 

大学1年生・不穏な風


正直18歳の私にはやりたいことに挑戦する勇気も自信もなかった。

無難に周りが大学に行っているからそんな思考停止で大学進学を決め、特にやりたいこともない私は、公務員にでもなれたらいいなと楽観的に法学部に進学した。

そんな軽薄な理由ではあったが根が真面目なので、ちゃんと大学に通って、ちゃんと単位も取って一生懸命勉強に励んでいた。

1年の終わりの成績表はびっくりするぐらい優等生だった気がする。

やっぱり私は優秀だな~。

私の頭はやっぱりおめでたいな~。

 

そんな優等生の人生が何故美術などという不確かな世界に飛び込むことになったのだろうか?

 

「人生を変えるのは何かとの出会いである、何かと出会うことで選択肢が増えていく。」

 

そんな出会いが私にもあったのかもしれない。

大学1年生の頃、私は本屋さんでバイトしていた、その本屋さんは小さいのだけど駅前にあったので恐ろしいぐらい混みこみの混みだった。

混んでいる話は別に関係ないのだが、そこの本屋さんで一緒にバイトしている人とたまたま帰りが一緒になった。

電車に乗りながら、漫画の話とかをしていると、そのバイトさんが「私もうすぐバイト辞めるんだよね」とおもむろに言った。

「何でですか?」と聞くと。

「大学辞めることにしたから」と答えた。

あまり深く聞くような中でもなかったのでその話はそこで終わったが、私の人生に初めて大学中退という言葉が身近に表れた、その時は私はまだ自分が大学を中退することになるなどとはつゆにも思っていなかった。

季節は秋、風は涼しかった。

 

大学2年生・大学を辞める


それから大学1年生を終えた私は大学2年生になった。

大学2年生になってキャンパスが変わったりゼミが決まったり、より大学が本格化してきたころ、私はなんだか形のない不安にさいなまれていた、年は19歳10代最後の年だった。

大学はまじめに行っていたが、何のために勉強しているのかわからなかった、将来やりたいと思うようなことも、自分の言っている大学からでは、当時の私には到底無理なことに見えた。

大学に通っているのに、全く将来の展望を描くことができなかった。

その頃の私には努力で道は開けるなんて価値観はまるでなく、もう自分の将来は半場決まってしまっているように思えた。

そんな風になんの希望持てずにいた頃、本屋さんでたまたま目に入った本があった、東村アキコ著『かくかくしかじか』だ。

漫画が好きだった私はかくかくしかじかを買って読んだ。

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簡単なあらすじを説明すると、作者の東村アキコの高校生から漫画家に至るまでの道のりを描いた自伝エッセー漫画である。

第8回マンガ大賞を取っているとても有名な漫画で名作だ。

この漫画で私は美大受験がどういう世界なのかを知った、美大に行くような絵の上手な人はみんな才能にあふれているんだろうな、そんな世界は私たちとは違う特別な世界なんだと思っていた。

だがかくかくしかじかは私にそうではないということを教えてくれた、絵も練習するからうまくなるのである。

よく考えてみれば何の驚きもないありふれた事実である。

でも10代なんて何ができるかもわからない無力感だけがあふれているのが、普通なのではないだろうか。

 

もしかしたら私も努力すれば絵がうまくなるんじゃないんだろうかと、かすかな期待が胸躍らせた。

読み進めるうちに、私の人生の方向性を一気に変えるシーンに出会った。

そのシーンでは美大と関係ない大学に入って、その大学を辞めて、美大に入りなおしたという人が出てきた。

確かページ数にして2,3ページに満たないない物であったが、私も努力すればそんな風になれるかもしれないと、思ったのだ。

何よりそういう人が実際にいるということを私に教えてくれたのだ、かくかくしかじかを読んだ次の日に私は大学を辞めることを決意していた。

身近に大学を辞めた人がいた、漫画の中に大学を辞めて美大に入った人がいた、その二つがかけ合わさり私は動いた、19歳今しかないと思った、20代に入る前に自分の人生を変えなければならない、その本当にぎりぎりのところだ、不思議と迷いはなかった。

今から思えば19歳なんて本当に若いからまだまだ何でもできると思えるけど、19歳の時はそんな風には全く思えなかった、特に絵の世界なんて、きっと幼いころから英才教育を受けたような化け物ばかり、自分のような何の才能もなく努力もしていない人間が、飛び込める場所ではないそんな風に思っていたのだと思う。

19歳までの私は本当に思考停止で生きていた、みんなが大学に行くから自分も行く、そして何となく就職する、ごく平凡な人生、けれど人生は一度しかない、決して二度はない、だから本当は好きに生きるべきだ、もちろん好きに生きるにはたくさんの苦労が必要かもしれない、でもその苦労も無味無臭の人生を歩むよりはずっとずっといいものだ、苦労は人生をより良くしてくれるスパイスなのである。

 

こんな風に書いているとまるで私が絵の道に進んだみたいに見えるが、私はそこまでロマンチストではない。

現実的に絵で食えるとは思えなかったので、とりあえずデザインを選択した。

大学2年生の『かくかくしかじか』からの知識でとりあえず美大に入るためには、美大予備校に通わなければならないということが分かったので、家から通える範囲で予備校を探した。

兵庫と言えば神戸である、100万都市の神戸の予備校ならきっといい予備校だろうと思い、神戸の美術予備校の体験入学を受けることにした。

行った予備校はお世辞にもあんまりにぎわっているようには思えなかった、人もぽつぽつとしかいなかった。

体験入学ではケーキの箱と何かを描いた、周りから見たら下手だったに違いないのだが、その時はなかなかよくかけたなどと考えていたに違いない。

何もわからないまま、体験を終え予備校の先生に美大に入りたいという趣旨を伝えると、それならできるだけ早いほうがいいと言われたので、GWあけに早速入学することに決めた。

そのあと大学を辞めた、ついでに本屋のバイトも辞めた。

目の前は真っ暗だったが私の人生に初めて血が通い始めた瞬間だった。

 

本当にありがとう


両親に大学を辞める趣旨卯を伝えると、意外にすんなりと受け入れられた。

むしろ両親は喜んでくれていたように思える。

私立の大学だったので、経済的にかなり親には負担させていたそれなのに私の意見をすんなりとくんでくれた両親には本当に感謝している。

昔は自分の人生がうまくいっていないのは両親の教育が悪いからだと思っていた。

でもそんなことは全然なかったのである、自分が努力不足、で思考停止のダメ人間だったのだ。

今も違うベクトルではダメ人間ではあるが。

 

自分が本当に頑張っていれば周りの人は協力してくれる、応援してくれる。

でもそのためには本当に頑張らなければならない、その応援に答える義務があるのだから。

本当にいろんな人に現在進行形で迷惑をかけている、だからいつか必ず恩返しがしたいなと思ったり、思わなかったり。

もちろん恩返しはしたい、けれど、そこに縛られてはいけない気がする、せっかく自分で人生を選択できるということを知ったのだから。

自分らしく生きてなおかつ恩返しをする、それが一番いい選択肢のはずだ。

 

 

とりあえず今回はこの辺で終わります。

もし気が向いたらその後のこととかも書くかもしれません。

ここまで私の話を長々と読んでいただき本当にありがとうございました。

 

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