無駄が生み出す価値を見つける

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あなたは何かをしていて、意味ないよとか無駄な努力だよとか言われたことはありますか。

きっとあると思います。

確かに効率的でなかったり、意味がないこと、逆効果なことはあるでしょう。

でもそんなことも考え方次第では、きっと意味を付け加えることができると私は思います。

限られた時間の中で


私たちの人生において、時間はとっても大事です、時間が永遠にあるなら、一日中遊んでいてもいい、家でゴロゴロしていてもいいだろう。

だが現実には、人の時間には限りがある、だから時間は大切で、意味のあることが求められる。

無駄という概念は限られた時間というものが前提に立つことで生まれている。

何かをするとなったら、有限な時間から、時間を取り出して使う、そうなると当然無駄遣いが生まれる。

タイムイズマネーである。

 

例えば、電卓があるのに、電卓を使わずに計算するとか、電車を使えばすぐなのに、無駄に歩く。

その技能は時代遅れで全く意味のないことを学ぶ。

天気予報で晴れなのに傘を持っていくなど。

確かにどれも必要ではなくて、ある視点から見たらもったいないと思えることだ。

仕事とかでも、非効率なやり方をしていると、もっと頭を使って効率よくやってくださいと言われる。

ばっきゃろう!


確かに社会的視点から見れば上記のことは無駄かもしれない、しかし見方を変えればいくらでも意味を作り出せる。

人生においてやってしまったことを無駄だと思い込んでしまうことは、とてももったいない、どれくらいもったいないかと言えば、最高級の松坂牛を、焦げさせてしまうくよりもっと、もったいない。

 

第一いくら過去を後悔しようとも、過去を変えることはできない。

 

でも私たちは過去の出来事のとらえ方変えることはできる。

その出来事があったからこそ、今の自分があると思えれば、どんなに無駄なことであろうと、どんなにつらいことでも悲しいことでも必ず、いい意味にとらえることができる、正当化することができるのだ。

考え方を変えることで、人生は変わる。

過去の無駄だと思えることが、今頑張る原動力になる。

 

自分の話


私は学生時代は本当に無気力な人間で、人生なんてうまくいかないものだと思い込んで何の行動も努力もしていなかった、だから大学を中退して、自分で人生を選択しようとした時、びっくりするほど能力が低くて、頭の回転も遅かったし、人とのコミニケション能力も最低だった。

昔は自分の中に何もなくて心の中に大きな空洞があるように感じていた、その空洞にいくら何かをほおりこんでも、感情は動かなくて、自分という人間に価値など感じれなかった。

でも今だからこそ言えるけれど、そうやってたくさんの劣等感を感じることが、今頑張る原動力になった。

その時間は自分のアイデンティティー形作るための一番重要な時期だったのだ。

でも別の考え方もきっとできた、能力のない自分なんて価値がないのだから、何をしたって意味がない、だから何もしないほうがいい。

ばっきゃろう!

電卓を使わず計算すれば、頭の回転が速くなるし、電車を使わずに歩けば、普段は見つけることのできないお店を見つけれるし、素敵な出会いがあるかもしれない。

時代遅れの技能だって、極めれば価値があるし、極めなくたって話のネタになる。

晴れの日の傘だって、もし急にバイオハザードみたいにゾンビが襲ってきたときに、自衛の武器になる、そういう妄想ができる。

仕事でもっと効率的に、頭を使えと言われたら、自分以外の選択肢があることを知るきっかけになる。

世の中考え方ひとつで、地獄にも、天国にもなる。

だからどんなことだって自分で価値を見つければ、必ず意味のある素敵な出来事になるのだ。

強い人も弱い人も必ず間違える、その両者の決定的差は間違った後の振る舞いの差だ。

 

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