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トラウマ、PTSDの自分の推測した時系列的な経緯

※あくまで自分の推測でしかない部分を含む考察です。


生まれる。当時のスポック博士の育児書は「独立心を付けるために泣いても別室に一人でおいておけ」と書かれていたため(※親の解釈です)そのように実践。結果「無反応な場所に一人でいる」漠然とした不安が強くなる。


スポック博士の本指導のような孤立した部屋で「親にいて欲しいという願望を持つ」赤ん坊の絵
親にいて欲しい願望
不安で、生きている場所が狭いような感じを受けて、まいっている子供の絵
孤独で不安な子供

親の追加の腕の一つ:親自身がそのように育てられたため無意識に「子供には人格とかはなく、親の追加の腕の一つである。本人のためを思ってやっているのだから、子供の意思の確認とかはせずに矢継ぎ早に指示をしてよい」という感じに、子供(私)を扱う傾向があった。

「子供には人格とかはなく、親の追加の腕の一つである。本人のためを思ってやっているのだから、子供の意思の確認とかはせずに矢継ぎ早に指示をしてよい」を説明する絵
親である私の腕なのだから、子供の意思の確認とかはせずに矢継ぎ早に指示をしてよい

激しく叩かれた時のこと: 気に入らない対応があり、取り乱して怒って、激しく子供のおしりを叩いた事が複数回あった。激しく怒られて叩かれるのは、自分がとても悪かったのだと思って耐える。


親に子供が激しく怒られて叩かれるイメージの絵
親が子供を激しく叩く

切り欠きとして残っているトラウマ発生の経緯: 身体の震えと、叩かれた時の激しい衝撃と痛みを我慢するために、全身を強く固める。力を入れ続ける。一晩中。そして、固めて力を入れ続けていることを、力を入れた状態のままで、段々と忘れてしまう。記憶から消し去る。


苦しいことを、固めて力を入れ続けて段々と忘れてしまう。記憶から消し去る、説明の絵
激しい衝撃と痛みを我慢するために固める

体側の記録は固めることで再生されない状態に: 激しく怒られて叩かれた時の ”衝撃(物理的な衝撃)”は背骨付近の神経系に、レコードのみぞ、切り欠きが掘られるようにして記録された。ただし、ぎゅっと体を固めていることで、衝撃はそのままでは再生されない状態になっている。※何か外部からの刺激、きっかけがあればフラッシュバックやPTSDや自発動(物理衝撃の記録再生)として再生される場合がある。


背骨付近の神経系に、レコードの切り欠きのようにしてトラウマ、PTSDが刻印されているイメージの絵
背骨にレコードの溝が掘られるようにして記録

人間側の記憶は一旦忘却: 激しく怒られて叩かれた時の”痛みや恐怖”などは、人間側の記憶として残ったが、忘れるように努力したことで一旦忘れてしまった。


親に叩かれたことを忘れようとしている、絶望している子供の絵。
激しく怒られて叩かれた時の痛みや恐怖を忘れてゆく

青年期の不登校: ぎゅっと体を固めていることで、様々な不都合があり、不登校にもなり、何がどうなっているのかの色々や原因を知りたくなる。(子供の時に固めたままの状態では当時はそれで凌げたとしても、いずれにせよ青年~大人になった時にうまく行動できなかったわけです)


不登校のイメージの絵
色々あって不登校になった

その後、ずっと心理ワークする: 心理カウンセリング、絵とフォーカシングなどを長年行うことで、ぎゅっと体を固めている状態が、ちょっとずつ緩む。


心理カウンセリングを受けている絵
不登校になった後で、心理カウンセリングをしてもらうようになった
その時点までの人生を思い返している絵。仕事、ゲームで遊ぶ、親、友といる、一人で落ち込んでダウンしている、など、様々な人生の一コマの絵
その後も仕事したりゲームセンターで遊んだり倒れてダウンしたり、人生のあれこれ

緩むにしたがってPTSDが再現しやすくなる: 緩むにしたがって、常に体が震えたり、突然バシン、ビタンといった物理衝撃を受けたかのような体の反応が起きやすくなる。フラッシュバックやPTSDのような症状も起きやすくなる。


フラッシュバックやPTSDのような症状が起きやすくなり、苦痛にあえいでいる気持ち、のイメージの絵
フラッシュバックやPTSDが起きやすくなって苦しい

動き出そうとする何かを、ずっと固めて押さえつけて動かないようにしていたが、その力が緩んできた(各種セラピーの治療効果により緩んだ)ので、少ないきっかけでも、トラウマ、PTSDが発現しやすくなった。


人生を円柱に例えている。円柱の下側が若く、上側が年老いてゆく。まわりは人生の様々なイベントの模式図、の絵
それでも円柱の下から上へ流れるように人生は続いていった

緩んでさらに緩んだ結果、自分の意志でも再現可能に: また、意識して少し体を緩めるだけで、つまり自分の意志で、バシンッと体が跳ねる現象(叩かれた時の物理衝撃)を再生できるようになった。

体側で再生させながら、その瞬間の(跳ねている時の)体の感覚(どんな感じか、何がどう背骨付近で推移してゆく感じか)を、人間側が見て感じてゆくことで、その付近の事情、状態、などを絵とフォーカシングで描けるようになり、その結果以前よりも詳細にあれこれを推測できるようになった。


「意識して少し体を緩めるだけで、つまり自分の意志で、バシンッと体が跳ねる現象を再生できるようになった」説明の抽象絵。
意図的に体が跳ねる現象を再生できるようになったので、その瞬間を感じてフォーカシング絵を描く

背骨付近: 背骨付近の神経系のあたりへの、絵を使ったフォーカシングを行う頻度が増える。人間っぽい声かけをしても反応が返ってこないタイプの場所に対しての、絵を使ったフォーカシングに慣れてゆく。コツをつかんでゆく。


背骨付近の神経系のあたりへの、絵を使ったフォーカシングを行っている、イメージ図
背骨付近の神経系のあたりへの、絵を使ったフォーカシングのイメージ

背骨系への対応のコツ: とにかく、何やらソレの近くにいる(滞在する)感じ。子供時代に沢山叩かれた時の、物理的な衝撃が溝として記録されている背骨付近の神経系、もしくは背骨のあたり、として意識する。その場所は ”無機的な、機械的なもの、強いて言ってみると、人間的な思考とはかけ離れた、理解や意思疎通が難しい、シリコン型の宇宙人のようなとでも言うか” といった風に感じられる(一時期はトカゲとしてイメージしていました)。


「人間的な思考とはかけ離れた、理解や意思疎通が難しい、シリコン型の宇宙人のようなとでも言うか」な場所=背骨や周りの神経系の感じ、を表そうとした説明図
人間的な思考とはかけ離れた、理解や意思疎通が難しい場所のイメージ

当時の人間の幼児部分への対応も必要: その場所の少し外には、人間の声かけ、言葉が通じる、人間ぽい感情を持った部分があることに気づく。当時の人間の幼児は、”痛みや苦しみ、恐怖などなど、人間としての様々な感情を持ち、それはそれとして、上手く扱われなかったままの気持ちが残っている部分”があると感じた。


中心にトラウマ、PTSDになった場所、そのまわりにある神経系を緑のトカゲに見立てている、そのまた周りというか外側は人間の幼児である、そしてそのまた外側で、大人になった自分自身がフォーカシングして過去を覗き、その子供、トカゲ、PTSDを見て、全部サポートしようとしている、といった説明図。
中心にトラウマ、PTSDになった場所、そのまわりにある迷走神経系を緑のトカゲに見立てている、そのまた周りというか外側は人間の幼児である、そしてそのまた外側で、大人になった自分自身がフォーカシングして過去を覗き、その子供、トカゲ、PTSDを見て、全部を両腕とさらに追加のイメージ腕5本で受け止めてサポートしようとしている、といった図。

毎晩のように悪夢を見る: 震えながら、なかなか眠れない夜には、自分を責める悪夢をよく見ていることを意識する。子供から大人になって年をとった後でも「自分を責める構造」みたいなものは大きくは変化していない。これも今後の課題なのかな。


↑ 左下の絵の説明(枠に入りきらなかったのでここに記載):人間という場合に、実はその中に、プレイヤーというか2人のパイロットがいる、という模式図。通常はプレイヤー2の人間の意識側が体をコントロールしている。事件事故カタストロフィとかでパニックになると、迷走神経系であるプレイヤー1が”緊急避難のモードとして”体の主導権を握る。後でPTSDやトラウマになるが、これは病気とかでなく、こういう体と心の仕組み、防衛システムだ、という模式図。

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